東京高等裁判所 昭和47年(行コ)17号 判決 1976年2月18日
東京都世田谷区中町二丁目二七番一五号
控訴人
矢田樟次
右訴訟代理人弁護士
中條政好
東京都千代田区大手町一丁目三番二号
被控訴人
東京国税局長
磯邊律男
右指定代理人
中島尚志
同
枝松宏
同
小泉仁
同
中村紀雄
同
日野照夫
右当事者間の差押処分取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人の昭和三三年度分所得税の徴収のため昭和四一年一一月二五日別紙目録記載の土地に対してした差押処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
控訴人は、退職金として、訴外株式会社教育同人社(以下訴外会社という。)から、昭和三〇年六月二三日三〇〇万円、同月二四日三〇〇万円、同月二七日四〇〇万円合計一〇〇〇万円の交付を受けたものである。
(被控訴人の主張)
控訴人が訴外会社から前記控訴人主張の日にその各金員合計一〇〇〇万円の交付を受けたことは認めるが、それが退職金であることは否認する。
(当審における新たな証拠)
(一) 控訴人代理人は、甲第八号証の一、二、第九号証の一ないし五、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三を提出し、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、また、乙第九ないし第一三号証の各成立は(ただし、第一〇ないし第一三号証については各原本の存在も)知らない、乙第一四号証の成立は認める、と述べた。
(二) 被控訴人代理人は、乙第九ないし第一四号証を提出し、当審証人臼杵渡、同原田治夫、同岩橋三郎、同泉類武夫、同日野照夫の各証言を援用し、また、甲第八及び一〇号証の各一、二、第一一号証の一ないし三の各成立及び各原本の存在は認める、甲第九号証の一ないし五の各成立及び各原本の存在は知らない、と述べた。
理由
一、当裁判所も控訴人の請求は理由がないと判断するものであるが、その理由については、次に付加訂正するほか、原判決と同様であるから、原判決の理由(原判決六枚目表二行目から一〇枚目裏四行目まで)を引用する。
1. 原判決七枚目裏二行目から一〇枚目表一行目までを次のとおり改める。
「成立について争いのない甲第四号証、同乙第二号証の一、二、第四号証、第七及び第八号証、原審における控訴人本人尋問の結果により原本の存在及びその成立が認められる甲第六号証、当審証人泉類武夫の証言により原本の存在及びその成立が認められる乙第一一、第一二号証、当審証人日野照夫の証言により原本の存在及びその成立が認められる同第一三号証、原審及び当審証人臼杵渡、当審証人原田治夫、同岩橋三郎、同泉類武夫の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
控訴人は、昭和二七年八月一〇日、学校教材の出版等を業とする訴外会社(資本金一五〇万円)に常務取締役として入社し、販売部門を担当していたが、訴外会社においては、売上の一部を正規の記帳から除外していわゆる二重経理を行なつていた。その間、控訴人と他の役員間に確執を生じ、控訴人は昭和三〇年六月末日をもつて取締役を退任するに至つたが、その際、退職給与金三〇万円が支払われたほか、さらに、その退任に先立ち、訴外会社の代表取締役森松雄は、同会社の経営及び経理状況を知悉している控訴人がその営業を妨害し、あるいは右二重経理の事実を表沙汰にすることなどを懸念し、控訴人が円満に身を引くことを条件として、右退職給与金とは別個に一〇〇〇万円を贈与することを約し、右裏経理から、昭和三〇年六月二三日三〇〇万円、同月二四日三〇〇万円、同月二七日四〇〇万円合計一〇〇〇万円を控訴人に交付した(控訴人が訴外会社から右各日時に右各金員合計一〇〇〇万円の交付を受けたことは当事者間に争いがない。)。右金員については、右森松雄は取締役会の承認を得るなど正規の手続を経ていなかつたので、訴外会社において源泉徴収にかかる所得税の納付をしなかつたことはもちろん、控訴人から所轄税務署に対し何らの所得申告もされなかつた。ところが、その後、訴外会社に対して法人税の調査が行われ、その過程において前記二重経理の事実などが発見されたことから、訴外会社の役員及び株主もまた、控訴人が裏経理から一〇〇〇万円の交付を受けていたことを知るに至つたので、右森松雄は、やむなく、昭和三二年九月ころ、取締役会において、右金員を退職給与金として支出したものとして、その承認を得、同月二九日の株主総会においても、控訴人を除く全株主の同意を得たのであるが、控訴人は右金員が退職給与金でない旨強く主張し、これに応じなかつた。かように、訴外会社においては、昭和三二年九月ころに至つて、一応右金員を退職給与金として支出したものとして処理することになつたのであるが、右支出当時において、退職給与金として支出するための正規の手続はもちろん、経理上の処理もしていなかつたし、また、右金員が退職給与金であるとすると、控訴人と前後して訴外会社を退社した他の役員のそれと比較すれば、 けた違いに多額であつたため、右金員が退職給与金であることの十分な説明をすることができなかつたので、その金額を退職給与金として損金に算入することは所轄豊島税務署長の認めるところとならなかつた。その後、訴外会社の役員会においても、控訴人に対して右金員を支払つた経緯などについて調査し、検討を重ね、さらに、顧問弁護士とも協議した結果、右金員の支払については法律上正当な理由がないから、その返還を求めるべきであるとの結論に達したので、訴外会社は控訴人に対してその返還を求めるとともに、その実効をあげるため、同三三年一月ころ、控訴人を警視庁に告訴し、かつ、経理上も右金員を控訴人に対する貸付金として計上した。しかし、その後、訴外会社においては、捜査のの進展によつて右裏経理などの事実が表沙汰になることを懸念し、右告訴を取下げるとともに、控訴人に対して右金員の返還を求めることを断念した。そして、昭和三二年八月一日から同三三年七月三一日までの事業年度(以下昭和三二年事業年度という。)の決算において、正規の手続を経たうえ、控訴人に対する債権のうち八八三万六二五八円を、同事業年度末限り貸倒金として放棄する旨の処理をした。そして、東京国税局長から、訴外会社の法人税更正処分に対する審査請求の審理中協議団のの調査に基づき判明したところとして訴外会社における右債権処理の事実の通報を受けた品川税務署長は、右債権放棄により控訴人に同額の一時所得が生じたものと認定し、本件更正処分をするに至つた(控訴人は、本件更正処分は、控訴人が支給を受けた一〇〇〇万円の退職給与金に対する所得税の徴収権が時効により消滅したことに対する埋め合わせとしてされたものである旨主張するが、品川税務署長が右のような意図で本件更正処分をしたとの事実を認めることのできる証拠は全く存しない。)
以上の事実が認められ、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前顕証拠に照らしてたやすく信用することができず、その他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、訴外会社の控訴人に対する一〇〇〇万円の支払は、その代表取締役森松雄と常務取締役在任中の控訴人との間の贈与契約に基づくものというべきであるが、右贈与については取締役会の承認がないのであるから、控訴人は訴外会社に対して右金員を返還する義務を負つていたものというべきである。その後、訴外会社の取締役会などにおいて、右金員が退職給与金として承認されてはいるが、控訴人は当時これに承服しなかつたのであるから、控訴人の右返還義務になんらの消長をきたすものではない。しかし、訴外会社の昭和三二年事業年度の決算において、正規の手続により、右債権のうち八八三万六二五八円についての債権放棄の処理がなされたのであるから、控訴人の右返還義務はその限度において消滅し、その結果、控訴人は右金額相当の経済的利益を取得したものというべきである。
そうすると控訴人に八八三万六二五八円の一時所得があつたものとしてされた本件更正処分には瑕疵がなかつたものと解するのが相当であるが、仮に、右金員の支出が、右取締役会の承認により、退職給与金の支出として、遡つてその効力を有するに至つたとしても(なお、右金員が本来退職給与金であつたとしても、右取締役会の承認により、遡つてその効力を有するに至つたものというべきである。)訴外会社においては、控訴人に対し、告訴をしてまでその返還を求め、そのうえ、正規の手続により、債権放棄などの処理をしていたのであるから、本件更正処分の原因となつた所得の認定について客観的に明白な瑕疵があつたものということはできない。」
2. 原判決一〇枚目表末行目「本件更正処分は、」の後に「仮に瑕疵があつたとしても、」を加える。
二、叙上の次第であるから、控訴人の本訴請求は失当であるから、これを排斥した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 枡田文郎 裁判官 福間佐昭 裁判官 古館清吾)
目録
東京都世田谷区玉川中町一丁目二四番九
一 雑種地 二五一平方米(二畝一六歩)